<1月号の目次>
◎「自社アプリ」対「Instacartアプリ」の店内競争
◎【起点観測】衛星・ケーブルTV事業主が気づきたい盲点
◎ Microsoftによるゲーム企業「Activision」のM&Aの行く先
◎ NRF 2022視察 ①:リテールや物流よりもディストリビューションの概念
◎ NRF 2022視察 ②:ChewyのCEOがこっそり教えた2つのこと(前編)
◎ NRF 2022視察 ③:ChewyのCEOがこっそり教えた2つのこと(後編)
図1:「NRF 2022のKey Note」Chewyのスミット・シン CEOのセッション
出所)NRF 2022会場にて筆者撮影
■コンベンションに溢れる「心地よい単語」の読み取り方
「カスタマー・セントリック」、「パーパス」、「ピープル・ビジネス」、「ブランドを重要視」、「リスペクト」、「環境を最優先」、「サステナブル」、「グッドカンパニー」、「コミットメント」、「アカウンタビリティ」、「アジリティ」、「レジリエントな組織」、「パンデミック」、「キュリオシティ」、「ベスト・タレント」、「ゼロ・エミッション」、「イノベーション・ファースト」…と書き尽くせないが、これらのお利口な定番言葉が「繰り返し、繰り返し」溢れんばかりに登場するのが(NRFに代表される)カンファレンスのKey Noteセッションだ。
それでも心地よかったと筆者が思えるのは、日本でのKey Noteセッションならば定番で聞いてしまう「DX(Digital Transformation)」や「PDCA(を回す)」などの和製英語が「NRF 2022」で一度も登場しないことがあらためて確認できたことだ(笑)。
■NRFブログによる2022年のKey Noteセッションの整理
図1は、NRF 2022に登壇している「Chewy」の スミット・シンCEOのKey Noteの様子。
すでにNRFのブログでは、「成功の原動力となるイノベーション-成長と顧客中心主義のバランスのとれた文化へ」(日本語訳)と、まるで上記の「定番」単語を抜き出して作ってくれたかのようなビューティフルな仕上げっぷりで公表されている。上記のリンク先をぜひご覧あれ。
NRFにおいては10名以上の有名CEOのKey Noteセッションが用意されているのだが、これらのセッションは「全て」抽象単語の羅列でオブラートに包まれている。
ところが、今年はNRFの選定としては少し異例の若手CEO(42歳)であるChewy.comのスミット・シンCEOが登壇に招かれた。もちろん、ドネーションなどの費用対効果の一貫である。
筆者が別格と表現する背景としては、シンCEOはAmazonとDellでの経験を経てChewyのCOOとして招聘された経験から、MAD MAN流に解説すれば「なぐりこみの参加」だったことが挙げられる(主催者も協賛金と登壇枠との兼ね合いに困ったことだろう)。
シンCEOはMAD MANのアンテナに近い周波数と言語と情報をオープンに放映してくれた気がする。その例を「前編」と「後編」に分けてご紹介する。
<前編>
本章の「前編」は、出力情報(Output Metrics)で一喜一憂する管理よりも、コントロール可能な入力動作の確認(Input Metrics)の価値観について解説する。
<後編>
「後編」は、(来ました!)「ペット保険への進出」についてのアンテナを上げるための基礎情報の紹介とした。
■アウトプット指標とインプット指標
スミット・シンCEOのセッションでは、Amazon時代にジェフ・ベゾス氏からの影響を受けていたことが伺える部分が披露された。
シンCEO:「アウトプット指標 (Output Metrics)で一喜一憂する管理よりも、コントロール可能なインプット指標(Input Metrics)の価値観」※。
(※こちらを紹介した瞬間をモデレーターも拾えてない(落っことす)ありさまだった。多くの参加者がこのシンCEOのあからさまな全部告白をスルーしている。これを「あ、Amazonベソス氏の影響だ」とリンクさせたのはMAD MAN流。)
シンCEOが称する「アウトプット指標」とは、Amazonがサードパーティセラーの拡張に向けて提案(教育)している内容の延長である。
「アウトプット指標」とは、旧来の「株価」とか「マーケットシェア※(補足は章末にオマケ)」などが典型で、直接自分(自社)でコントロールする術すべを持たない結果指標を指す。この概念では「売上」「利益」や「外的要因」もアウトプット指標に含まれ、大半の管理会計や「NPS(Net Promoter Score)」などもこの類かもしれない。
これに対して「インプット指標」とは、「在庫を切らさず揃えておく」「お客さんとの時間を精神誠意自分ごとで聞く」などを指し、自社(自分)でコントロールすることが可能で、これらをキチンと日々実行・徹することで、あとの結果は運を天に任せようよ(アウトプットの結果もついてくるさ)という考えだ。
■ChewyのカスタマーサービスチームはAHTを持たない
Chewyは2,000万人以上のアクティブなユーザーを持ち、3,000人以上のカスタマーケアチームを含む2万人以上のメンバー(社員)規模の上場企業だが、カスタマーサービスコールの「平均処理時間(AHT:Average Handling Time)の指標を持たない。
Chewyでは、IVR(Interactive Voice Response:双方向音声応答)システムは当然導入されていて、すべてのカスタマーサービスの96%は4秒以内に即応答を心がけている。
ただし、このサービスをAHTという「アウトプット指標」の計測を導入してしまっては「生産効率を高めるため」の価値観へ向かってしまう。カスタマーサービス担当者が通話時間を制限して、効率を上げようとする誘発になる可能性と判断した。
Chewyはその反対に、カスタマーサービス担当者には「より多くの時間をかけてでもお客様(ユーザー)とのやり取りの「質・気持ち」に集中する」よう奨励している。
シンCEOは、「私たちはペットの親御さん(Chewyのユーザーを指す)が連絡してきたときには、適切な情報をお伝えし(教育)、同じ気持ちでいることの快適さのある環境を作ることを心がける。そのためにユーザーと2時間以上会話している遠隔医療サービスを提供している獣医師がいたりする。」と話す。
「ひょっとすると、その獣医師もただただ一緒にいて安心感を与えているだけなのかもしれない。その時間であっても、獣医師個人の気持ちをペットの親御さんと共有していることが価値であり、この姿勢(インプット)こそを大事にしたい。」
■Chewyの哲学とテクノロジーの関係
さらにシンCEOのコトバを続けよう。
「Chewyのカスタマーケアチームと交流したことのあるユーザーは、そうでないユーザーよりも結果的にLTVが高く、ユーザーとしての契約期間も長い(=ペットの寿命が長い)というアウトプットデータは確認している。インプットの気持ちの力強さが確認できる。」
「目指したい世界は、数学的にも、直感的にも、経験の上でも、そして哲学的なものをも包括したうえで『顧客のためのカスタマーエクスペリエンス』を標榜する。ならば、この方向でのインプットを支えるイノベーション(テクノロジー)を常にプロアクティブに開発し、満足度が正しいカーブを描いて上昇するイメージを持ち、そこに集中すること。」
「皮肉にも(笑ってしまうのは)多くの組織や企業がデータの購入や整理を迫られているのは、アウトプット(収益)に追われている(リアクティブ)だけで、『正しい価値観(指標)』をプロアクティブに(前向きに)見ていないためだ。」
■MAD MANからの補足
どうだろう。「まさにソレ!」と言いたくなる行間をシンCEOが披露してくれていた。NYSE上場企業であるChewyが「売上無視」と言っているのではない。
上場企業としてのアカウンタビリティ(責任)はSECに毎期公開済みだ。2021年11月号 Vol. 84でChewyを取り上げた際に、2020年までの売上・利益推移を紹介した(図2参照)。
図2: Chewyの過去3年の売上高と純利益の推移(2021年11月号 Vol. 84の再掲)
図2では、上場後も売上高を伸ばしつつ(市場を活性化させながら)、赤字幅を徐々に下げているのが見えるというデータの紹介・・・