<1月号の目次>
◎ 大都市の爆縮がもたらす現象
◎ ブランドは勤労者という「運び屋」に頼らない「パイプ」を
◎ TikTokの「こざかしい」企業姿勢
◎ サイバーAが電通Gホールディングスの時価総額を再び抜く
◎ 電通本社ビルの売却の噂から巡回するグローバル視点
◎ DNVBは第三章へ“WalmartとAmazonの生鮮品の窓口競争”
DNVBは第三章へ“WalmartとAmazonの生鮮品の窓口競争”
図1:Walmartが2016年にJet.comを買収してからのDNVBブランド買収の履歴。
2017〜2018年がDNVBブランドへの出資ラッシュだとわかる。
出所:https://www.crunchbase.comを基準に著者作成
単なる商品のEC化やD2C化にて販促する事業とは別物として、企業が自社事業のイズムとしてデジタルネイティブ世代に尽くすサービスを新規に産み、ブランド資産として育成させる。この概念が「DNVB=Digitally Native Vertical Brand」と称してようやく日本で聞かれるようになってきたが、米国ではすでにその次の段階に進んでいる。
リアルリテールの巨人であるWalmartは、これまで自社で数千億円の資本を投下してきたDNVBブランドの「未知の外部の種」を育てるより、凍りついた足元の現場を溶かす方が近道だと生鮮品の販売へと舵を切った。すでに競合のAmazonはAmazon Fresh店舗の増設で並走している。
これはWalmart自らの出血を伴う実験の結果とはいえ、当市場の事業戦略として大きな意思転換を行った結果だ。筆者の解釈はWalmartが自社広報しているものではない推量を前提とするが、日本企業ではまだこのWalmartの事業転換の舵切りについては全く未知であろうし、その先の勝算が知りたいところだ。
■DNVBとBONOBOSブランド
上記で全く別物と称したDNVBの概念を定義したのは、D2Cブランドとして一躍脚光を浴びた米メンズ・アパレル・ブランド「BONOBOS(ボノボス)」の創業者であるアンディー・ダン(Andy Dann)氏である。
BONOBOSは予約制の「ガイドショップ」と呼ばれるブティック店舗を買い物しない店舗と位置づけた。来店者は無料のドリンクを飲みながら、プロアドバイザーとの会話や試着を通じてお気に入りの商品を見つける。もし当日の商品購入を希望するのならば、その場のタブレットで注文した商品が自宅に(翌々日)届く仕組みで、手ぶらで帰れるシステムがブティック店舗としては異例で話題を呼んだ。
そのようなスタートアップ企業であったBONOBOSの若年層との顧客関係に目を付けたWalmartが、2017年に約310億円で買収している。その陣頭指揮を取ったのがデジタル取締役のマーク・ローリー(Marc Lore)氏だった。
■知られざるWalmartのDNVB戦略のおやすみ
図1の年表はローリー氏が参画後の2017年〜2018年にWalmartが次々にDNVBを買収していく様子を整理している(図1黄色部分)。この頃は旧来の流通企業(Walmart)が生き返る投資方法としてDNVB投資に花を咲かせており、新規事業として脚光を浴びていた時期だ。
ところが、図1の近年の動きを見るとWalmartで起こっていた出来事の流れがひっそりと止まり、赤文字で記した離脱からその流れが反転していることがわかる。
・マーク・ローリー氏が2021年1月に退任発表
・BONOBOS創業のアンディー・ダン氏も2019年12月に退任
・DNVBの黎明期を作った「Rent-the-Runway」を創業したジェニファー・フレイス氏もWalmartチームに加入していたが2019年10月に退任
このように続々とWalmartが招聘したデジタル世界のセレブ起業家が離任する状態が続き、牽引していた張本人のローリー氏すら辞任してしまった。まさに組織の爆縮である。
■大物ローリー氏を招聘して「5年間」共に大流通企業システムのDXに向かって進んだWalmart
Walmartはローリー氏が創業した会員制ネット通販の「Jet.com」を2016年8月に約3,300億円(33億ドル)で買収している。この約3,300億円の投下は、Jet.comの事業吸収を目的としたと言うよりもローリー氏をヘッドハントする資金だと考えた方が良い。Walmartはこの資金で獲得したローリー氏を即時にWalmartのGlobal e-Commerce事業のCEOに就任させ、Walmartのデジタル推進とDNVBの買収を進行させた。外部の重要人物をその人物周辺のチーム・ユニットと丸ごとヘッドハントする手法を合成語で「Acquire(獲得)+Hire(雇う)」=「アクイ・ハイア」と呼ぶが、その典型だった。
図2:マーク・ローリー氏
ボールドヘッドの風貌がジェフ・ベゾス氏を彷彿させる
Walmartは、ローリー氏がJet.comを起業する前に創業した「Diapers.com(日本語でオシメ宅配.com)」が破竹の勢いだった2011年に買収しようと試みたが、最終的にAmazonに持っていかれるという大きな痛手を負った経験がある。
この結果、Walmartはローリー氏のフルフィルメントの最先端の概念と、今ではAmazonの脊髄となっている物流倉庫システムを開発した「Kiva Systems」をAmazonに吸収されてしまい、この分野で一気にAmazonに水を開けられた経緯がある。その時に逃した重要人物を5年後にプレミアム価格で買収した。
■新規のデジタル特化ブランドの育成よりも目の前の商品を売りたいWalmart
図1の年表に戻ってローリ氏が買収を手掛けたDNVBを黄色で、Walmart内部に参入した重要人物を青文字で表記した。そして、その青文字で招聘された3名は赤文字のタイミングで退任している。
ローリー氏がDNVBとフルフィルメント事業に影響を及ぼした時期は参入当初の2016年から2018年頃までで、それ移行は買収や外部招聘が止まっている。今、日本で認知されているDNVBの価値観は米国では2018年で終わっているのかも知れない。
この5年間のWalmartの株価はEC専業のJet.com買収時から1.5倍に成長し、現在では2倍の規模にまで成長している。EC市場シェアは2倍以上に成長し、2020年9月時点で5.8%へ上昇した(同時期のAmazonのEC市場シェアは39%)。ローリー氏のスカウト投資によってデジタルネイティブへ対応する文化が事前に存在しており、2020年のウイルス騒動の荒波にうまく乗れたのは間違いない。
Jet.comから始まるDNVB関連に投じた投資金額は、インドの「Flipkart(約1.6兆円)」を除いても合計約4,000億円。足掛け5年でこれだけの資金があれば、例えば40億円規模のフルフィルメントセンターが100拠点、100億円でも40拠点が新設できていたとも解釈できる。
2016年当時はWalmartが持つ約4,600を超えるリアル店舗に対してオンライン注文の無料配送等は一切存在していなかった。ローリー氏はこの5年間のステップで米国における小売eコマースの利便性を飛躍的に向上させた紛れもない・・・
続きはMAD MANレポートVol.74にて
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