※本投稿は2019年5月9日にマーケティング業界の専門メディア Agenda note に掲載された寄稿を転載したものです。
支援者という立場から「高次の理念」を考えてみる
ジム・ステンゲル塾の開講に寄せた原稿依頼をいただき、雲の上の存在に対して僭越とはこういうことを指すのだと思いながら、せっかくの機会なので私なりの想いを寄せてみる。厚顔無恥をお許しいただけると幸いである。また、本稿はブランドを支援する立場からの寄稿であることも予めお伝えしておく。
ジム・ステンゲル氏の著書『GROW』の中で「ブランド」とは「ビジネス」と同義語として定義されている。また、市場の中で独自性、差別性を示し、利益の獲得と事業の成長を牽引するものとして「ブランド理念」をより高次に設定することの重要性が方法論と多くの事例をもって解説されている。
2013年、この本に初めて目を通した当時、広告代理店のデジタル部門の責任者だった私には、二つの受け止め方があった。一つ目は、担当していた顧客企業のブランドを支援するための指南として。二つ目は、自身がマネジメントする組織の理念に対する提言として。どちらかというと、後者の視点で自然と読み進めていったことをよく覚えている。
実際に、当時の組織マネジメントにおいて私が理念として掲げていたものは、ステンゲル氏の言葉を借りると、世の中のデジタル化を背景とした自社の生き残りや社内におけるイノベーションを高らかに叫ぶレベルに終始していたのかもしれない。その次元だったが故に、確かに関係各所との合意形成やマネジメントの難しさにも直面していた。その約一年後に私は当時の組織を去ることになるのだが、その一年は少しだけ部門のスローガンを高次に設定し、評価のKPIもトップラインから目的に対するチャレンジ性と収益性に修正した記憶がある。その結果、KPIとしては切り捨てたトップラインも伸びた。
ブランドを支援する立場の中には、直接的な実務として顧客企業のブランド定義に関わらない方も多いように思う(本当は全ての支援者が関わっているが)。『GROW』の中には、マーケティングに関わる者として教養的に理解をしておかなければならない真理が詰まっているが、もしかするとセールスや運用の現場に近いほど、実務からは遠く感じてしまうこともあるかもしれない。
しかし、ここで語られている「ブランド理念」とは、必ずしも顧客企業固有のテーマではないはずなのだ。実際、「ステンゲル50」(ステンゲル氏がブランド理念において特に優れていると考える50のブランド)の中にはアクセンチュアのような世界を代表する支援企業が含まれているし、書中からは時々のステンゲル氏を支えたパートナー企業の理念に対するリスペクトも読み取ることができる。
(2019年5月、沖縄で開催されたMarketing Agendaにて。憧れのジム・ステンゲル氏と)
「理念」というものは、とても面白い。例えば、当社に所属する従業員は、機能やスキルでいえば(厳密には少し違うが)広告代理店のアカウントプランナーやストラテジックプランナー、コンサルティングファームのコンサルタントに置き換えが可能かもしれない。ただ、理念が異なることによって、顧客企業からは明確に異なる目的で雇用されている。理念に規定されることによって、私たちは目先のマネタイズを優先せず、勇気をもってやらない仕事を決めることができる。この判断や行動が、真実として顧客に伝わるのだ。製品やサービスに対するコミットメントはもちろん大切だが、理念に共感を得て雇用されている実感が強い。そして、その喜びを従業員と分かち合っている。これはとても幸せなことであると同時に、理念が強い繋がりを生み出す一方で、機能は置き換えが可能であるという実感値を伴う体験でもある。
自社経営と、顧客支援を導く思考の枠組みを確かにする場
まずは、自身が所属している組織、製品・サービス、もっというと個人の志を「人々の生活をよりよいものにする」という視点で再解釈してみる。これは経営者、マネージャー、現場に限らず有効な試みだと考える。ここでは、『GROW』の中で紹介されている「ブランド理念の木」というフレームが解りやすい。
「ブランド理念の木」を構成する土台と幹、5本の枝に自身の考えを当てはめてみたときに相互に説明性があるか。ひょっとすると怪しい部分があるかもしれない。しかし、そこに説明性を持たせるために、自分たちの存在目的、規範、戦略、製品・サービスを有機的な繋がりのあるものに近づけていけば、理念をもって顧客企業と対話ができるようになるはずだ。そして、共感が生れることに喜びを感じるはずだ。この実感が勇気となり、ビジネスをドライブさせていく。
また、実際のビジネスの現場では、顧客企業の担当者が目の前の課題に追われ、理念や目的を見失いそうになる瞬間もある。これは、職責やその時々のコンディションによって社内の当事者が陥る可能性のある、仕方のない事象でもある。そういったときに、理念や目的を共有する同士として、そこに立ち戻った問いかけをすることができるか。私の場合は、過去の支援経験や獲得した戦略論はもちろんだが、自身が理念によってビジネスをドライブさせた実体験、あるいは失敗した体験が引き出しとなり、リアリティをもって活かされることも多い。
ステンゲル氏によれば、理念をより高次なものに研鑽を重ねていくと「人間にとって大切な5つの基本的価値」と、それによって「人々の生活をよりよいものにする」境地に辿り着く。それは、ブランドを扱う企業であれ、支援者であれ(正確には支援企業にもブランドがある)、仮に手段が異なる者同士であったとしても、活動の目的として共感を生み、領域を超えて相互に理解可能なものになるはずなのだ。
時代が平成から令和に変わり、ブランド理念による企業と顧客の繋がりがますます重要になることは、世代のインサイトやビジネスモデルのトレンドを見ても明らかだ。新しい時代を生き抜くことは簡単ではないが、私自身の理解と経験を棚卸しし、改めて自社の経営と顧客支援を導く思考の枠組みを確かにする場として、ジム・ステンゲル塾の開講をとても楽しみにしている。
(ナノベーション社主催、ジム・ステンゲル塾の卒業証書)