MAD MAN MONTHLY REPORT

Vol.120 MLBネーミングライツ契約における日本企業のホームラン




<11月号の目次>

◎ 広告エージェンシー10年の変遷:企業価値が語る業界の未来

◎ MLBネーミングライツ契約における日本企業のホームラン


◎ どこへ消えた?ファーストパーティ・データの存在感

◎ 【コラム】MAD MANが解説する日本でのニュース


MLBネーミングライツ契約における日本企業のホームラン

■ダイキンによるアストロズ球場のネーミングライツ契約

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MLB ヒューストン・アストロズとパートナーシップ契約を締結–本拠地球場名が2025年から「ダイキン・パーク」に
2024年11月19日 ダイキン工業株式会社プレスリリース
出所:https://www.daikin.co.jp/-/media/F79A9F60FA0B4EDBBE1C8E37B3532E9E.ashx

<以下抜粋>
ダイキン工業株式会社の米国子会社であるダイキン・コンフォートテクノロジーズ・ノースアメリカ社(以下、DNA 社)は、米メジャーリーグベースボール(MLB)のヒューストン・アストロズの本拠地球場(現:ミニッツメイド・パーク)の命名権取得し、「ダイキン・パーク」とするパートナーシップ契約を締結しました。契約期間は 2025 年 1 月 1 日から 2039 年シーズンまでの 15 年間です。
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この契約ディールの「ホームラン」度合いを解説しよう。日本国内での米国MLBへの注目度が年々高まるなか、ついにアメリカの球場そのものの命名権を日本企業が取得した。

日本企業におけるMLBへのスポンサードは、オオタニ選手を期待したドジャーズへの支援例に見られるように、飲料企業やエアライン企業が「日本市場」向けの広告効果を目的とした単年度契約(都度の年次更新)が主流である。しかし、今回のダイキンによる米国での取り組みは、それらとは全く異なる次元のディールである。

結論として、ダイキンのこの契約は、米国市民(US市場、テキサス州、ヒューストン市)に根付いた「還元」の姿勢を示す15年という長期契約である。例えるならば、地元への能動的な追加納税(寄付)にも似た意味合いを持つ先行的な約束だ。本社決済(日本)から米国市場で実行されたこの取り組みは、経験値が少なく難しい「経済的な山登りの市場」に挑む姿勢を象徴している。

 

図1:記者発表にてアストロズの球場にダイキンのロゴが映し出される様子

出所)Houston Style Magazine(2024年11月18日)

 

このような地元のシンボルとも言える球場施設への命名権は、単なるOOHの広告枠として捉えるべきではなく、地方自治体(市や州)の土地や権利を活用した長期的な財政収益の支援としての側面が強い。

この点において、広告代理店などが取引に介在することは難しく、地方自治体と直接契約を求められるディールのはずだ。東京オリンピックで問題となった利権構造と同様に、介在社(エージェンシー)が関与すると取引の透明性が損なわれるためだ。本件におけるダイキンのディールは、長期契約と信用を前提とした高難易度の取引であることを示している。

さらに、国際会計上、本件を単なる広告費として分類するのは適切ではない。たとえば、アストロズ球場を広告媒体として捉えた場合でも、これが直接的にダイキンの米国子会社のエアコンの販売促進につながるとは言い難い。

つまり、本件は親企業(日本企業)としての「お家柄(ブランド・存在感)」を米国市場で示すための「ザ・表札」的な投資の意味合いが大きい。

 

■当初は「エンロン」フィールドの命名権だった

すでにトリビア情報になりつつあるエネルギー企業Enron社の巨大会計不正事件(1999年)を覚えているだろうか。この事件では、Enron社と同様に「Arthur Andersen LLP(巨大会計事務所)」が同時に懲罰解体となるほどの事態となった。その結果、当時のエンロンフィールドの命名権を、コカ・コーラ社(本社アトランタ)が2002年に引き受けた。

「ミニッツメイド(Minute Made)」の冠は、Coca-Cola社が買収したオレンジジュースの工場本社がヒューストン市に所在していたことに由来する。地元ヒューストン市のために、Coca-Cola社が巨大企業としてその命名権を引き受けた(やむなく、一肌脱いだ)形であり、国家規模での大きなディールの流れである。

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Wikipedia:ミニッツメイド・パーク
開場当初はエンロン・コーポレーションとの30年1億ドルの命名権取引成立によりエンロン・フィールド(Enron Field)と名乗っていたが、同社が経営破綻したため2002年3月からの4か月間は暫定的にアストロズ・フィールド(Astros Field)に改称された。

その後コカ・コーラ社が28年1億ドル以上の額で命名権を獲得し、同社のジュース「ミニッツメイド」から現在の球場名が名付けられた。なお2025年よりダイキン工業のアメリカ合衆国子会社であるダイキン・コンフォートテクノロジーズ・ノースアメリカ社が命名権を取得し、同年から15年間「ダイキン・パーク」の名称となる。日系企業によるMLBの本拠地球場への命名権取得はこれが初。─────────────────

 

■良き企業市民として

この背景を紹介したのは理由がある。この規模のディールが成功する背景には、企業が町や市、郡、州から「企業市民」として受け入れられる必要があるのだ。これは単なる(広告の)売り手と買い手による軽い経済取引ではなく、オファーを差し出す州と、授かる企業との契りに近い関係である。「光栄にもオファーをいただいた」という立場から、「断るのは難しい(喜んで授かりたい)」というディールである。

このようなオファーが日本企業に届くのは、1980年代のトヨタ・ホンダ・日産・ソニー・パナソニックといった日本の黄金時代を経て以来、約40年ぶりのことだ。「失われた30年〜40年」といわれる日本経済において、米国市場で着実に信用を積み上げてきたダイキン米国の事業成長と自治体からの認知は、特筆すべき評価ポイントである。

図2はヒューストン市のアニュアルレポートに基づいた、多くの雇用を生み出している企業の上位リストを示している。米国(ヒューストン)Daikinは、AT&TやTarget、Shellと同格の企業として位置づけられており、ヒューストン市から高い評価(感謝)を受けていることがわかる。同時に、このリストに並ぶ日本企業が存在しないこともわかる。

 

2:Houstonの2023年のアニュアルレポート雇用人数別の上位カテゴリー

出所)2023 Houston Facts p.16

 

■米国の有名MLB球団の命名権と年間費用

MAD MANレポート読者もキニナル話題として、ダイキンの15年契約の規模がどれほどのものかは知りたいところだが、公表はされていない。したがって、ここからは筆者(自称:ミスタータイムズスクエア)の経験に基づく相場の推測だ。

 

図3:ESPNが2019年当時に公開した、球場ネーミングライツ権利の推定額の一例

出所)ESPN.com 

 

おおよそネーミングライツ(命名権)のみで年間約10億円(600万ドル)の規模と推測しよう(これを15年間、毎年継続)。図3の資料でも年間600万ドルと推測されており、2002年当時のCoca-Colaの28年間契約では1億ドル(年間で割り算すれば、380万ドル)とされる。当時の一次資料(Harris County, Sports Autholity 1998年 P6 )を参考に、現在の契約規模を筆者の経験からざっくりと年間10億円と見積もる。

ただし、これは命名権のみの費用であり、その他の「広告費(米国でのプロモーション費・イベント費・日本での媒体費)」「ボックス席を含めた座席チケット費」「市民との交流費」「日本からの出張者往復費」などは含まれていない。筆者の感覚では、命名権費用の他に、これらの追加コストが2〜3倍ほど発生すると予想する。

さらに、地元コミュニティーとのお付き合いや、地元新聞社、雑誌社、スポーツや教育関係団体、屋外看板表示、四季折々のイベント実施、市当局、州当局などと想像できる範囲を考慮するだけでも、まるで「選挙運動」以上の年間費用が必要となる可能性がある・・・


続きはMAD MANレポートVol.120(有料購読)にて

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