Vol.98 個人データの管理を左右する「保険」という機能

MAD MAN Monthly Report Cover-3


1月号の目次>

【NRF速報レポート】Neiman Marcusの事業視点

◎ 個人データの管理を左右する「保険」という機能

◎【コラム】ChatGPTのOpen AIのもともとの大株主はMicrosoft

◎【コラム】日本でStarlinkをお試しあれ

◎【コラム】デジタルノマドビザ(入国許可証)は今ならではのチャンス

◎【起点観測】日本が誇るコンテンツD2Cである日経電子版のアカウント数推移


個人データの管理を左右する「保険」という機能



図1:富士通のニュースリリースで公開された医療データに関する取り組み

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出所)日本経済新聞(2023年1月16日)



■病院が持つ個人の医療データをIT企業が管理ができるのか

図1は、2023年1月に日本で発表された「札幌医科大(医療機関)」と「富士通(ITシステム)」の両者の座組による医療データのポータビリティに関する取り組み事例である。

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札幌医科大と富士通、ヘルスケア領域のデータポータビリティ実現に向けて個人の健康データの活用推進に合意

2023
116日 日本経済新聞
出所:https://www.nikkei.com

<以下抜粋>
本取り組みは、医療機関が持つEHRを患者がスマートフォンから閲覧できる仕組みを構築し、20234月より運用を開始。患者自身による健康管理や病気の予防、医療機関による治療や予後管理における患者の健康状態の把握、さらには地域医療間連携の強化や患者エンゲージメント向上などの実現を目指します。

札幌医科大学附属病院は、システム設計や運用を監修し、個人の健康データの利活用に向けた環境整備を進めていきます。診療業務における個人の健康データの利活用による医療の質向上や、北海道内の医療機関との先進的な地域医療連携の仕組みを構築していきます。

富士通は、患者本人がEHRを個人のiPhoneで閲覧できるアプリ(iPhoneアプリ)、患者の健康データをクラウド環境で管理するヘルスケアデータ基盤を開発します。

(中略)

両者は、個人の健康データの利活用を促進させ、患者の健康状態に合わせた最適な医療やサービスの提供の実現や、地域医療の発展を目指していきます。
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病院の利用者である患者は、各分野の各病院での問診記入から念の為のレントゲン撮影まで、個別にいちいちデータを蓄積するところから始まる。この「めんどう」が省けて、統一された「ワタシのデータ(マイデータ)」から診察が始められるポータビリティが実現すれば、良い取り組み(理想への一歩)と思える。それに伴って「データの管理はちゃんとね(例:漏洩ないようにね)」、「行政による罰則を厳しくね」などの配慮も連想される。

ところが、この図1の良かれと思う座組には「事業面」においてスポッ!と肝心な部分が抜け落ちている。

■二者ではなく最低でも三者

「両者」と紹介されるこの取り組みは、病院と技術屋との二者に限定したリリースだった(富士通のオリジナルリリース参照)。

MAD MANレポートで紹介する「重たいデータ」の分野(医療・金融・保険・教育)には、命に関わるデータが大きく含まれるが、「その命がなんぼ」の値付けがされない限り、単なるデータの集積に過ぎない。上記の座組には「値付け」が含まれていない、「命が命になっていない」仕組みだ。

患者個人にとっては貴重なワタシのデータであっても、単なる「生データ」のままでは、それを責任を持って預かる事業側へのインセンティブが働かない。「命に価格はない!」という正論は横にして、その(医療)データに価値をもたらす値付け機能として「保険(金融)」が存在する。

この札幌医大と富士通の取り組みにも、「保険(業)」が関与して始めて成立する(命のデータに価値が生まれますよ)というのが本章の結論だ。現状のままでは「生活データをアプリ経由でサーバーに構築しました。個人のスマホで閲覧できます。IT作業組みました」だけの発表に見える。

■保険という値付け役・担保役・責任の所在を生む役

「命がなんぼ」の値付けは、担保される保険金の量でおおむね決まる。「重たい側のデータ」にも「安めのデータ」と「高めのデータ」に仕分けされているのが現状の医療と保険のシステムだ(ここでは医療のあり方を論じるのではなく、事業の座組としての保険の機能や価値に気づいてもらうことを目的とする)。

「データの値付け」の間をブリッジで管理するのが「保険(金融)」のデータの役割だ。たとえば「GEICO」や「オリックス」などの保険企業が間に入った「トライアングル(三者)」の座組がいずれ日本でも登場する。上記の札幌医大と富士通の二者リリースも「わかってるよ、いま三者に向けてやってるよ」という段階かもしれない。

■データに値付けされてはじめてデータ保持の責任感が湧く

この値付けがされてはじめて「ちゃんとデータを管理するぞ」の気持ちが発動する。事業にとって無機質な個人のデータが「保険金(補償資産)」という通貨に変換されるので、保険会社がデータ管理の責任とその管理保全を担う。

彼らがデータの管理や漏洩に及ぶ責任までリスクを負ってくれるのは、そのデータの価値を生むことで商売の道具として扱い、エコシステムとして自社(や社会)への成長リターンを生むからだ。

冒頭の図1の発表は、このエコシステムを前提にして、その中の「安全管理(事業)」の一部として担う業者が富士通ITのシステムという実験時期(黎明期)の発表と捉えてみよう。

札幌医科大(医療機関側)は「データの保全については、オリックスさん(例)、富士通さん、ヨロシク」としつつ、現場の末端にいる患者さん(D2C)に向けて「むしろご安心ください、当病院は世界に先駆けて最先端の…」という営業リレーが生まれれば、エコシステムとして成長し始める。

■保険の3割負担の残り7割は政府予算

この三者のエコシステムに加えて、さらに政府の保険予算の巨額が動く。トライアングルの三者どころか、スクエアの四者の構造は描いておきたい。政府は「医療費の負担を国民に適正化させる」という使命を、デジタル上で調整する方向に法改正していくのは自然で明らかな流れだ。

企業(事業)の目線からこの医療データの新規事業としての座組は、最初からココ(政府や国を意識した市場)」が儲け(=飴玉)の起点になる(後述:米国のベゾス氏(Amazon)とバフェット氏(Berkshire Hathaway)とダイモン氏(JP Morgan Chase Bank)の「Haven」の失敗例)。

国民一人ひとりにアプリを登録してもらい、個人承認をもらってアカウントを増やして、D2Cでスケールさせて…、の(風下からの)小銭集めの事業ではなく、「デカい方からごっそりと」の風上側から動きが始まるのが「重たい側のデータ」の特性だ。もちろん数年の時間がかかり、長期ビジョンや資金力、気力、体力、さらに政治力が求められる。

■保険がエコシステムに関与してはじめてデータに命が流れる

この医療データの価値を保険がブリッジすることでインセンティブが働くのは医療事業側だけではない。末端の患者さん(D2Cユーザー側)も医療に対するモチベーションが上がる可能性がある。笑えない話だが、身の回りの視点としてお付き合い願おう。

たとえば、「定期検診の出費が安くなる」、「通院や治療費が安くなる」、「普段の健康管理の品行方正な振る舞いでポイントが貯まる(クレジットスコアが上がる)」、「健康であればあるほど国や自治体や医療側から感謝される」などの仕組みが発生することは、モチベーションの継続として想像できるはずだ。スマホアプリで「脈拍」や「歩行数」を確認するオモチャ機能ではすぐに飽きるが、保険(金融)が関与すれば桁違いな「強い、飽きない」動機が発生する。

話題を「重たい側のデータ」の座組みに戻すと、軽いデータ側の「Netflixの広告の視聴データの効率が…」や「位置データの取得で店舗付近の人へのクーポン配信による売上げ増が…」、「日々のライフ・エクスペリエンスの向上…」などのチャラチャラとした軽い側のデータ(=広告)の扱いと比べると、金銭価値に換算すれば4桁ほどの違いがある(例:扱う単価が1,000円と1,000,000円の4桁違い)。

※補足:現状の医療の課金制度が「ポイント課金制(Pay for Service=施術1個につきいくら)」による課金方法が中心の仕組みなので複雑なトリレンマ(ジレンマを越えて)が存在する。

・「データのポータビリティ」「カンタン」を優先させるか(主治医に委ねれば良いのでは)
・ 個人の「予防意識」を優先させるか(現状の疾病や病状課金の医療は儲からなくなるかも)
・ 医療側の効率や儲けを優先させるか(現状のままでも良いのでは)

本章では上記の医療の大きな議論は横に置いて、気づきのための簡略説明とする。

■医療分野だけではないすべてのD2C事業の応用方程式として

本章の事例は、D2Cで繋がることも含めたすべての事業の「予兆」として紹介している。たとえば、医師免許が不要な「ヘルスケア」の日本でのスタートアップ(新ブランド)にも、この重たい側の視点が不足したままに「軽〜く走っている」様子が見える。

たとえば、「スキンケア」、「サプリメント」、「歯磨き」、「ひげ剃り」、「エクササイズ」などのD2Cサブスクモデルの登場は、じつは「保険(サブスク)」の延長である。

安定して保障(補償)する何かの価値は「保険」に似ているはずだ。ところが、大半のD2C事業は立ち上げたサービス単体(歯磨き・ひげ剃り・商品など)で括られたままだ。映像D2C配信のNetflixでさえが、「保険」と結びつくことすらも予兆としてあり得る。

■医療の重たい側の個人データは「ペタバイト(PB)」を超える

この医療を筆頭とした「重たい側のデータ」を扱う(利活用する)には、「ド級のデータ量」と「ド級の処理速度」に耐えられるチカラが必要になる。さもないと、「漏洩なく安全に扱う」どころか診察や処方の精度や正確さも保証されない。

そのためのITシステムや大量データを動かすチカラの「エネルギー」のインフラが大きな影響度を持つ。単体の「IT企業」程度では、そのITを動かす「電力(冷却)」や「AI、チップ、クラウド」が桁違いに不足したままの「ツール提供(交換可能で付加価値ナシ)」で留まってしまうのが2023年以降だ。

日本企業単体(NTTでも日立でも富士通でも)では、単体でのITのツール提供の発想ならば「ド級データ量とそのエネルギーと保全」には間に合わない。

この先行事例がMAD MANレポートで頻出する「Tesla」、「Microsoft」、「Amazon」での投資事例であり、この「データを動かすエネルギー」の環(わ)には、世界の「石油・天然ガス企業(資源メジャー)」が加わる。スクエアの座組を指摘するのは、このエネルギーインフラ部分が肝にあり、日本単体では見えにくいからだ。DDS(で、どう、する)。

ド級のデータ量を例えると、患者のDNAデータはiPhoneやApple Watchなどから摂取できる「健康管理(医師免許が不要)」のデータを遥かに超える。「いのちに関わるデータ(医師免許が必要)」とは、それを束ねる病院の単位では「ペタバイト」の単位が×100万件単位で、日々、毎時(毎分)積み重なってくるサイズ感だ。

「1ペタバイト」を資料テキストのドキュメント記録に置き換えれば、おおむね「5,000億ページ」ほどの書物、記録、過去歴に相当する。これらを医師や医療従事者が読んでいる暇がないどころか、そもそも不可能であり、さらに毎時毎分、DNAのデータレベルやゲノムのデータレベルでアップデートされて「いのち、安全」の「保険が値踏みする価値あるデータ」として昇華している。

これらの次元が、今後の「個人データの管理」のイメージとして引き上げたいからこその「重たい側のデータ」としてMAD MANレポートで取り上げる理由だ。マーケティングとは、この分野を呑み込んでの解釈(施策)になっている。

次項は、その巨大な予兆として、2018年の米国巨大企業のトライアル失敗例を呼び戻して紹介する。

■米国のベゾス氏(Amazon)とバフェット氏(Berkshire Hathaway)とダイモン氏(JP Morgan Chase Bank)の「Haven」の失敗例

 

2CNBC, The Bezos-Buffett-Dimon joint venture to save health care is struggling to find a CEO

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出所)www.cnbc.com




下記は、2018年6月号 Vol. 43からの抜粋だ。

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図は左からAmazonのジェフ・ベゾスCEO、中がBerkshire Hathawayのウォーレン・バフェットCEO、右はJP Morgan Chase銀行のジェイミー・ダイモンCEOWSJNY TimesCNBC等に今年1月こぞって取り上げられた。 

その発表とは、これら3社合弁で「ヘルスケア事業」を設立し、この3社の従業員の医療費を減らすととともに、将来はシステムを他の業種にも広げる可能性を示唆するものだ。Amazonはネット流通の最大手企業、Berkshire Hathawayは投資・保険業界の最大手(同社は傘下に最大手のGEICO社を持つ)、そしてJP Morgan Chase銀行の金融最大手(3つの社名を並べるとABC)で、3者は非常に息が合う「先見の明」を持つ仲間として良好な関係にある。

この計画自体は日本でも報じられたのだが、その取り組みの大きさと方向に関しては具体的な進捗がなかなか見えない報道ばかりだった。おかげで日本の医療や保険業界からの「Amazonエフェクト」的な焦りも起こらない無風状態が続く。

この3社の合弁は、まずこの各社の従業員と家族向け(120万人)にあらゆる医療とヘルスケアのサービスを提供し、従業員の医療費削減(3社合計で約1.6兆円、後述)や慢性疾患への対応などに取り組む。また、これまでの医療ポイントのような、患者が個々の医療サービス毎に料金を支払うシステムではなく、「健康への効果(Outcome)」に応じた支払いにすることなどに取り組むとしている。
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上記は2018年での米国における巨大座組の「失敗談」だ・・・

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