MAD MAN MONTHLY REPORT

Vol.96 【NY出張コラム】オンライン垂直立ち上げ「D2Cブランド」の2023年に向けての見通し




11月号の目次>

【NY出張コラム】オンライン垂直立ち上げ「D2Cブランド」の2023年に向けての見通し

◎ スタートアップ創業者の入れ替わりにみるネクストステージ

◎ Teslaはすでに「道場」訓練を始めている

 【コラム】ヨドバシによるそごう・西武買収

 【コラム】ニューヨークのNIKE旗艦店の年間家賃はおいくら

【NY出張コラム】オンライン垂直立ち上げ「D2Cブラ ンド」の2023年に向けての見通し



図1出張メンバーで行き先リストを出し合い、手分けして取材した70件の店舗リスト

出所)Google Maps・各社の公式HPより



ニューヨーク出張におけるメンバー5名の合算歩行距離が55万歩、「地球の歩き方(マンハッタン篇)」を完全に越えてしまった「BICP5」による、ここだけのD2Cブランドの示唆をリアルタイム情報としてお伝えする。

ビーアイシーピー・ファイブ=今回の出張でニューヨークの各店舗を巡った5人「榮枝・菅・渡邉・西村・成清」の歩行距離が55万歩だったことにちなんで結成されたチーム。)

今回の視察出張の目的は、以下の通りだ。

  • D2Cブランドの直近の事業変化と組織改革のプロセスを知る
  • サステナブルについて事業側の意気込みと具体的な店頭での手法を体感する
  • D2C事業の秘めた魅力と次に備えられている事業モデルを探る

これらの目的から得られた新たな気づきや示唆を、MAD MANレポート購読者の事業を意識しつつ、他社では報じない角度にてこっそり「ココだけの話題」としてお伝えするので、皆さまの刺激材になれば嬉しく思う。

■気になるD2Cブランドの視察先リスト

マンハッタンを中心に、6日間の滞在で訪問した視察先の店舗(ブランドやリテールなど)は70拠点以上にもなったが、代表的なD2Cブランドは以下の店舗を巡って来た。

  • Casper2014年創業 “睡眠のNIKEになる”を謳っていたNY発のマットレスブランド)
  • Glossier2014年創業 元VOGUEのスタイリストが創設したNY発のスキンケアコスメブランド)
  • Warby Parker2010年創業 既存のメガネ業界をディスラプトしたNY発のアイウェアブランド
  • Peloton2012年創業 フィットネス界のNetflixNY発のオンラインフィットネスブランド)
  • Tonal2015年創業 “Be your Strongest”が理念のスマートフィットネスブランド)
  • Lulelemon/Mirror1998年設立 日本でも人気のヨガウェアブランド、2020年にオンデマンドフィットネス事業を提供するミラー社を買収)
  • Allbirds2016年創業 米Time誌に“世界一快適なシューズ”と紹介されたスニーカーブランド)
  • Alo (Yoga)2007年設立 LA発の米国セレブに人気のあるヨガ・フィットネスウェアブランド)
  • Everlane2010年創業 徹底的な透明性でアパレル業界をディスラプしたアパレルブランド)
  • Parade2019年創業 NY発のサステイナブルなアンダーウェアブランド)
  • Rent the Runway2009年創業 高級ブランド専門のレンタルプラットフォーム事業)

これらのD2Cブランドの店舗を巡って感じた率直な気づきは「D2Cのビジネスモデルが成長の曲がり角から新たなステージへ向かっている」ということと、「ブランドにとって“サステナブル”なことはもはや当たり前で日本の数年先を走っている」という感覚だ。まずは、「D2Cのビジネスモデルの変化」についてCasperとGlossierの事例をもとに触れてみたい。

 
■急速な成長でD2C業界の期待を背負っていたCasper

図2:左)NoHoにあるCapsperの店舗外観(2019年当時)
中央)2018年10月のマットレス小売最大手「Mattress Firm」の倒産を伝える記事
右)2020年2月のCasper上場

出所)左:Kyoichi Suga撮影、中央:www.usatoday.com、右:www.vox.com




2019年当時、Casperは設立から5年が経ったところで、マットレス小売最大手Mattress Firm(全米3,200店舗)を倒産に追いやるなど、マットレス業界のディスラプターとして市場シェアを急速に拡大していた。そして、Target(米大手ディスカウントストア)をはじめとする出資企業からシリーズDの資金調達をうけてユニコーン企業となり、IPOの引受先を探しているところだった。Casperの成功がD2C業界全体のゆく末を占うというように、その動向は大きな注目を集めていた。

それから2020年2月にD2Cブランドとして初めてのIPOを果たしたが、上場後2年弱でPEファンドの「Durational Capital」社に買収されて非上場化。数あるD2Cブランドの期待を背負ったIPOだったが、思ったように業績がふるわずに黒字化の目処も立たず、買収されなければ経営破綻も時間の問題という状態だった。


3Casperの四半期売上高(直販の売上は伸びずに卸売で売上を伸ばす)

出所)Strainer



その買収・非上場化と同時に、創業者のPhilip Krim氏からEmilie Arel氏へ新しくCEOが交代。Arel氏は、2019年にCasperのPresident兼Chief Commercial Officerとしてジョインしている。前身は「Target→Gap→Quidsi(Amazon)→Fullbeauty Brands」と小売り畑を歩んでおり、「The Top Women in Retail 2016」などにも選出されている、いわゆるプロ経営者だ。

Afterコロナで大きく戦略を変えるCasper

BICPとしては約3年ぶりの訪問だったが、NoHoにある旗艦店舗の店内ディスプレイなどに特に変わった様子はなかった(図4参照)。ただ、ブランド戦略には大きな変更があり、Arel氏というプロ経営者が就任したことで、その経営方針は「利益重視型」に大きくシフトチェンジしている。


図4:左・中央)NoHoにあるCasperの店舗を視察する様子(2022年10月末)
右)マットレスの寝心地を試す代表の菅と成清(動画はこちらより)

出所)Kazuki Nishimura撮影




創業者のKrim氏は「NIKEがフィットネスでやったことを、Casperは睡眠でやりたい」と語っていた。つまり、ただのマットレスメーカーの枠を超えて、睡眠という領域でライフスタイルを提案して人々にカルチャーを浸透させるブランドになるということだ。

一方で、新CEOのArel氏は2022年8月にMacy’s(米最大手の老舗百貨店)のボートメンバーに入り、小売業界のカンファレンスで以下のように語っている。「ライフスタイルブランド、睡眠のナイキのような存在としてあらゆる人に販売することから“マットレスの小売業者”に移行する」、と。

 

図5:Caperの新CEO Emilie Arel氏

出所)www.businesswire.com




Casperは利益を出しておらず何に取り組んでいるのか明確にする必要があるため、マットレスの小売りに集中し、その商品ラインナップを1つから6つに拡張した。反対にベッドサイドランプやペット用寝具などのサブカテゴリからは撤退。自社店舗の拡大も取りやめて、Maycy’sやTarget、Nordstromなどの大手小売りへ商品を卸すことでスケール化をしていくという方向に戦略の舵を切っている。

図6はヘラルド・スクエアにあるMacy’sとTargetのマットレス売り場の写真だ。これを見て読者はどう感じるだろうか。D2Cの意味合いは多様に拡がっている部分はあるが、2021年10月号 vol. 83でも紹介したDNVB(Digitally Native Vertical Brand)の観点からみると、ユニークなブランドの世界観で顧客と太くつながるはずのD2Cブランドの販売方法がこれで良いのかと深く考えさせられる。


図6:上)Macy’s 9Fのマットレス売り場のフロアで隅の方に寂しく設置されているCasperのベッド
下)Targetの寝具売り場に雑然と置かれているCasperの枕

出所)Kyoichi Suga撮影



D2C(直販)とホールセール(卸売)のちょうど良いバランス

Lululemonの元CEOで、現在は「The House of LR&C」という会社で3つのD2Cブランド(Good ManHuman NationLita)を成長させようとしているChristine Day氏は、D2Cとホールセールの関係について次のような発言をしている。

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Former Lululemon CEO Christine Day is building a new kind of American fashion company
20211116日 Glossy

出所:https://www.glossy.co/fashion/former-lululemon-ceo-christine-day-is-building-a-new-kind-of-american-fashion-company/

<以下抜粋、DeepLによる和訳>

“Wholesale margins are half of DTC margins,” Day said. “But wholesale still has a lot of value. We’ve been able to work with Nordstrom and Kohl’s to hit our minimum buys, which helps us turn inventory into cash quicker. [That] can then be used toward our DTC business.”

Day said DTC-focused startups would be wise to think carefully about their wholesale strategy before trying it. Many have their production and marketing costs set for the much higher margins of DTC and then can’t handle the lower margins of wholesale. For Hose of LR&C, Day said she designs her margins with wholesale in mind first, to make sure they’re doable.

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「卸売のマージンは、DTCのマージンの半分です。しかし、卸売業にはまだ大きな価値があります。NordstromKohl'sと協力して最低購入数を達成することで、在庫をより早く現金化できるようになりました。それをDTCビジネスに生かすことができるのです」。

Dayは、DTCに注力する新興企業は、卸売りを試みる前に、その戦略についてよく考えたほうが賢明だという。多くの場合、生産とマーケティングのコストは、DTCの高い利益率に合わせて設定されており、卸売の低い利益率には対応できない。House of LR&Cでは、まず卸売を念頭に置いてマージンを設計し、それが可能であることを確認する。
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ここではD2C(※記事の中ではDTCと卸売(ホールセール)の関係を「直販のBtoC」と「卸売のBtoB」と考えると理解しやすい。B2Cとホールセールではビジネスの構造が変わるため、ホールセールはD2Cよりも粗利は低いが取扱量が多いので在庫の回転率があげることができる。

それぞれを同じ考え方のもとで運営すると失敗するので、「利益率の低いホールセールを前提にしてビジネスを設計しないといけない」ということを言っている。つまり、広告宣伝費やリアル店舗の家賃などの販管費を低く抑える必要があるということだ。これは今後のD2C ブランドのスケール化において一つの示唆になるだろう。

Casperについても今までのD2Cのビジネスモデルの考え方から、既存小売事業のデジタル化を牽引してきたArel氏による戦略転換で、ホールセールで稼ぐことをを前提としたビジネスモデルのデザインへ移行が進んでいると想定される。

D2Cブランドの代表として業界の期待を背負っていたCasperが、一過性のトレンドではなく、本当の意味で人々に受け入れられていくブランドになるためにこれからが第二の創業フェーズに入ると思うが、その鍵はホールセールへのビジネスモデルへの変換が握っていそうだ。

D2Cビューティーコスメの代名詞「Glossier

続いて、Glossierの話題に移ろう。2018年に初めての旗艦店をSoHoにオープンし、2019年当時は行列で入店するのに1時間待ちという人気ぶりだった。店員はピンクのジャンプスーツを着用して、オフラインの「エディター(Glossierの従業員の愛称)」としてショッピングをサポート。彼女たちが持っているiPadに購入したいものを入力し、クレジットカードで会計を済ませた後、入り口のピックアップカウンターで製品を受け取るという購買フローがD2Cブランドらしく、スタイリッシュな顧客体験だ。

 

図7: SoHoにあるGlossierの旗艦店の様子(2019年当時)

出所)Kyoichi Suga撮影




Glossierもまた、設立から4年でVCの「Sequoia capital」社が主導した1億ドルの資金調達ラウンドを経て、評価額が12億ドルのユニコーン企業となった。当時の従業員数は200名、7か国で事業を展開し、年間100万人の新規顧客を獲得、年間売上高は倍増していた。しかし、この時からトラブルは始まっていた。

Glossierに対する懐疑的なレビューは以前から出回っていたが、これはどんなブランドにでも想定されることである。ただ、元Glossierの「エディター」のグループが書簡で人種差別と労働問題についての告発をしたことで、「Outta The Gloss」騒動に拍車がかかり、そのイメージは急速に悪化し、不買運動も起こった。

(※Glossierのブランドコミュニティの名称であり、コンセプトワードでもある「Into the Gloss」をもじってつけられた、元従業員たちが開設したGlossierの人種差別・雇用問題を糾弾するブログ)

GlossierInstagramアカウントは、この書簡が公開されてからわずか5日間で6万人のフォロワーを失った。フォロワーは回復しなかっただけでなく、今も減少し続けている。Glossierはその後、2020年の286万人のフォロワーをピークに、合計17万人、つまり約6%のフォロワーを失っている・・・

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